私にとって"社労士受験指導講師"という仕事とは?

私が受験時代に通っていた学校は、新宿区にある"東京○○学院"。

この学校は司法書士受験指導において定評のある不動産関係資格の専門学校だったのですが、小規模ながら社労士受験講座もやっていました。(現在もやっています)

この学校は出版事業も行っており、社労士受験本を出していて、当時の受験本の中では"わかりやすい"受験本として定評がありました。

私が師事した社労士講座の講師は、鈴木○○先生(男性)と水○先生(女性)。

鈴木先生は平日夜クラスと土日のロングクラス、水○先生は平日昼クラス担当だったかと記憶しています。

私は当時無職だったので、水○先生の平日昼クラスと、鈴木先生の日曜ロングクラスに出ていたかと記憶しています。

家庭においては、妻が病院の助産師としてフルタイム勤務をしており、私が社労士合格を果たすまでは専業主夫をするというスタイルでした。

長女が当時はまだ1歳。保育園の送り迎えと家事の合間に受験勉強をしていました。
私は当時30歳と働き盛りの年齢で、しかも子持ちということもあり、「いい若い男が・・・」とか、「子供がいるくせになにやってんだ・・」とか、周囲の目が怖くてたまらなかったことを覚えています。

だから、間違っても不合格だったなんて、絶対に許されない状況でした。
必死で学校の講義を受け、必死で復習し、必死で問題集を解きまくりました。

復習するときは、「自分が講師になって、他人に講義をしているつもり」になって、自分で自分に説明するというスタイルでやっていました。
このスタイルをとることのメリットは、理解を反復することになるので、単なる丸暗記ではなく理解が定着するということ。
しかし、今思えば、デメリットもあります。
それは、復習の時間が人一倍必要となること。
だって、自分で自分に講義するってことは、単純計算で行くと、講義と同じ時間をとられてしまうということになります。
このスタイルは、専業主夫をしながら勉強していたからこそ、可能だったのだと思います。

お蔭様で、模擬試験などは、学校で常にトップクラスの成績でした。
講義の合間の休憩時間には、他の受講生から質問を受けて対応するくらい、他の受講生からは一目置かれていました。

本試験(当時は7月下旬の平日に行われていました。)は、忘れもしない五反田の立正大学大崎キャンパスで受けました。
記述式(現在の選択式)で、1問(社会保険の一般常識)だけ2点をとってしまい、ものすごく落ち込みましたが、結果は"合格"!!

択一式56点、記述式が36点と、総合点は文句なし!
記述式の「社会保険の一般常識」のみ不安材料でしたが、2点救済となり助かりました。

結果見事、一発合格できました!
合格発表は、当時は、労働基準局まで直接見に行きました。
台帳で合格を確認した後は、すぐに家族に電話をかけて報告しました。
「おめでとう! よく頑張ったもんね!」
という言葉に、思わず涙が込み上げてきたことを今でも思い出します。

合格後は、開業するために事務指定講習を受けなければなりませんでした。
その間、勉強せずにいると知識が物凄いスピードで忘却の彼方へと葬り去られてしまうという危機感に苛まれていました。
そんなときに、学校でよきライバルであり勉強仲間だった同年代の女性から、母校で「社労士受験指導講師」を募集しているとのことを聞きました。
聞いた瞬間に、「これだ!!!」と思い、さっそく学校に出向いて、講師になりたいと申し出ました。

当時、この学校の主任講師をしていたS先生の面接を受け、ペーパー試験と模擬講義(実技)を受けたところ、残念ながら不合格。
ただし、見込みはあるとのことで、1か月間週1回のペースで、模擬講義のトレーニングをしてもらい、再試験に臨んだところ、ギリギリで合格。

さっそく、平成6年2月頃より教壇に立たせてもらいました。
しかし、なにぶん、知識不足は否めず、講義で間違ったことを話すわ、生徒からの質問には答えられないわで、散々でした。
しかも、平成6年の試験は、前年までの試験とは比べ物にならないくらいに難しくなっていて、自分のような半端な知識しかない者が講師などやっていてはいけない・・と痛感し、平成7年6月をもって辞退しました。

その後、某・医療法人への勤務等を経てから、平成11年に開業社労士を再開しました。
そんなある日、新聞の求人広告に目が留まりました。
それが「資格の大原」の「社労士受験指導講師募集」、しかも、応募条件として指導経験のある者・・ということで、ムラムラと、再びやる気が沸き起こってきました。
ダメ元で履歴書を送付し、いざ面接に・・・。そして、1週間後に30分間模擬講義のオーディションを受けると、ナントその場で契約と相成りました。
受験界から5年も離れていた私は、法改正にすら着いていけていなくて、1年目は講義予習に忙殺され、1コマ3時間(当時はそうでした)の講義の準備に、まる2日を費やすという有様で、たいへんでした。しかし、2年目以降は、1年目の悪戦苦闘の成果が出て、楽しく講義をする余裕もでき、ますますのめり込んでいきました。
他校出身の私ですが、大原の指導理念には大いに共感を覚え、以来、情熱をもって講義に臨んでいます。

これを書いている平成23年現在で、講師生活12年目。
数多くの受講生さんの資格取得のお手伝いをさせていただき、他では得られない多くの学びと喜びを得ることができています。
また、一部の受講生さんとは、卒業後も飲み会を開いたり、交流を継続させていただいております。本当に感謝、感謝です!

今では、講師という仕事は私の"生きがい"になっています。
もちろん、苦しい、厳しいことも沢山ある仕事ですが、それ以上に、多くの人々との出会いがあり、合格された受講生さんから「ありがとう!」という感謝の言葉が聞けるのが、この仕事の素晴らしいところです。
これからも、できるかぎり教壇に立ち続けたいと思っています。

社会保険労務士試験に合格する学習法とは?

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